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ちょうどよい輪〜関西横断後半戦〜

関西から帰ってきた。
大阪・第七藝術劇場、京都みなみ会館、神戸アートビレッジセンターでの関西横断公開を終えた。
あれから数日経った。

自宅の布団で目が覚めると、ここはもうあそこではないのだ、と少し寂しくなる。

9/23〜10/20
途中一日だけ東京に帰って来たがほぼ一ヶ月大阪で暮らした日々。


大阪、十三。
築50年のアパート。
初めての一人暮らし。
十三部屋01

十三部屋02


朝、目覚めると自然に今日配る分のチラシを少し多めにカバンに入れる。
一日が動き出す。

漫画喫茶で素早くシャワーを浴び、劇場に入る。
ここが拠点、第七藝術劇場。
七藝


いつもの席に座る。
くそガキの公式ツイッターでリツイートしたり、フォロー増やしたり、増やしすぎたら減らしたり。
自分のツイッターで今日の告知をしたり。

徐々に劇場スタッフが集い始める。
今日どうしますか?と心配そうに劇場スタッフが話かけてくる。
いつもその日の予定をきちんと立てない自分に発破をかけてくる。
一ヶ月も一緒にいると、自分のダメさが徐々に赤裸々になっていく。
その日まかせのスケジュールではなく、きちんとスケジュールをたてないとと戒める。

そんな頼りない自分に厳しい視線を送ってくる劇場スタッフのネエさん。
忘れ物ばかりする自分に、移動する度に忘れものないかチェックして下さい、と注意も忘れない。
一応自分は監督だ。劇場スタッフも監督をガキのようには扱えない。
そんななかでもネエさんは、しっかりしてください、と言ってくれる。
呆れた顔をしながら、ギリギリ怒らない程度に。
それくらいの感じがとてもちょうどよい。
そんなネエさんも商売人だ。
お客さんが思うように入らないときは、なんで来ないの〜と悩む。
いや、商売ということもあるが、いつの間にか僕たちは、共に悩み、共に喜ぶチームになっていた。
外食だけだとダメよとお弁当をつくってくれたり、美味しいラーメン屋を紹介してくれたり。
最後にはうちの母親にお土産まで買ってくれた。
その優しさはちょうどよいを超えていたけど、ほんとにうれしかった。

第七藝術劇場はそんな人たちの集まりだった。

帽子をかぶったちょっとお洒落な青年スタッフは、これ大丈夫すか、大丈夫すか、といつも過度な心配をしてくれた。
おれみたいなもんは過度に心配されるくらいがちょうどよい。
ネエさんに頼むのがちょっと怖いとき、彼に頼むとうまくいく。
ちょっとした意見もまずは彼に言ってみる。
彼には、俺監督なんだゼという顔もできつつ、ちょっとダメな自分、みたいなものもわかってもらえる。
同性だから女性ほど他人行儀になる必要もない。
彼も、とても、ちょうどよいかんじなのだ。
チラシ配りや懇親会も気がつけば彼が隣にいたことが多かった。
最終日近く。自分の靴がボロボロになったのを観て、彼がスニーカーをくれた。
他人が履きつぶした中古のスニーカー、抵抗がないわけではない。
彼の靴なら喜んで履けた。ちょうどよかった。

第七藝術劇場には他にもいろんな人がいた。
妹のようなお嬢ちゃん。
絵がうまく、宣伝グッズの絵も描いてくれた。
おれがチラシ配りどこにいくか迷っていると、ここに行きましょう!と祭りに連れてってくれた。
どこよりもチラシの捌けがよく好感触だった。
チラシを配るときも、力強く声をあげる。
負けてらんないとおもった。
ダメな兄貴をひっぱる元気な妹っぷりが、ちょうどよかった。

いつもはあまり口を開かない、わりと無口な美形の青年もいた。
美形をみるといつもそうおもってしまうが、最初は蔑まれているかとおもったがそうではなかった。
必要最低限の会話でいい関係、これもまた、ちょうどよい。
もっと話せばもっとちょうどよい感じになれる雰囲気もちょうどよかった。

背が高い好青年のにいちゃんは、いつもちょうどよく明るく接してくれるし、さらにガタイのいいにいちゃんも、あまり話さなかったけど、ちょうどいい感じのときにいて、なんかちょうどよくエネルギーをもらっていたようにおもう。
たまに見かけた年配の映写の方とは特にこれといった会話はしなかったけど、それもまた今となってはちょうどよかったとおもう。

そしてそんな従業員達をかかえている、支配人。
新聞社等のメディアの取材もいれてくれた。
新聞
いろんな大阪名物を御馳走してもらった。
一ヶ月滞在するアパートも用意してくれた。
ちょうどよいなんか余裕で飛び越えてはいるが、なんというか、良い意味でノリが若く、厳しいところは厳しく、映画が大好きで、映画が大好きな人が大好きで、おこがましいが、ちょうどよいといえば、とってもちょうどよい支配人だった。
そもそも、支配人は、ゆうばり映画祭が終わってから間もなく、面識もない自分に「大阪の劇場は決まっていますか?」とメールで声をかけてくれた。
あとにも先にも『くそガキの告白』を劇場側から、気になってます、と声をかけていただいたのは、第七藝術劇場の支配人さん以外いないのです。
なんともまあ、光栄なことだ。
その後も今回の京阪神の関西横断公開を仕切ってくれ、ミニシアター事情や映画監督の武勇伝話まで、いろいろ、いろいろ教えてもらった。
とっても粋な映画を愛する大先輩だった。


そんな仲間たちと共に闘った一ヶ月。
後半戦、お客さんが徐々に増え出した。
前半の模様は→こちらで。

お客さんが増え、我がことのように喜ぶスタッフたち。
当たり前だ、これはみんな、我がことだったのだ。
そのために、みんなでどうすればお客さんが来てくれるか話し合った。
(おれ、ほとんど有効な案が出せずに皆の案に乗っただけだったけど、精一杯乗りまくった)
その輪がとても嬉しく、その輪の中心にいれて幸せだった。


劇場の受付で「好きだ!!!」と叫んだら1000円になる割引をした。













最後の1週間は毎日梅田でチラシを配り、一緒にチラシを配ってくれる人も募集した。
そんなの募集しても来ないんじゃないのと思っていたら、毎日毎日いろんな人が来てくれた。
映画を観てくれて映画を気に入ってくれた人から、映画を観てない人も。
映画観てつまんなくても配ったチラシかえしてあげないよとも思いながら。
映画を3回も4回も観てくれた京都の方をはじめ、他の映画館のスタッフの方や、大学生、ニコニコキングオブコメディファン、ネットサーファーなどなど。
みんなでチラシ配るのって楽しいなあと思った。
この時期、最後の1週間は怒濤のように過ぎていったけど、毎日がほんとうに楽しかった。

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最終日は、ネエさんに助けてもらって手書きメッセージ付きチラシ作成。
これを読んで来てくれた人もいました。
最後のチラシ



映画上映後、1、2時間くらい懇親会も開き、盛り上がった。

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街でチラシを配っているといろんな出会いがあった。
チラシ配りで出会い、映画の後、懇親会まで来てくれ大輔桃子ゴッコをさせられキスまでしてくれたカップル、チラシをみただけだとつまんなそうだったけどなんとなく見に来たら感動して帰ってくれた人、などなど。
中でも女子高生は強烈だった。
チラシ配りも手伝ってくれ、劇場にも来てくれた。
舞台挨拶時には、もっとゆっくり喋れやとダメ出しされた。
随分と年下なのにどんなタメグチきかれても嫌な気がしないのは彼女たちの魅力なのだ。
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そんな日々でした。
劇場に観に来てくれた皆、チラシ配り手伝ってくれた皆、街やネットなどで応援の言葉をかけてくれた皆、ありがとうございました。

神戸アートビレッジセンター、ありがとうございました。
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初日と二日目しか顔を出せなかったですが、特に初日の舞台挨拶、すごく楽しかったです。
テアトル新宿に観に来てくれた人との再会や、悩める映画少女の出会いも含めてとても有意義でした。


京都みなみ会館、ありがとうございました。
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何度か舞台挨拶に行きました。
大阪ではフワフワ、バタバタしていた舞台挨拶が多かった自分でも、なぜか京都ではいつも落ち着いていたのが不思議です。
館長とはラーメンの趣味も合い、何度か落ち着いてお酒が飲めて楽しかったです。



そして、ありがとう、第七藝術劇場!
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帰り際、支配人とネエさんたちが十三の駅前まで見送りにきてくれ、何度も何度も手を振ってしまいました。
だって、みんながずっと手を振ってるんだもん。
電車が閉まって走り出しても、その道の途中で皆笑顔で手を振ってくれていた光景は一生忘れません。
ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。

そのとき、おれは、駅でこんな顔をしていたそうです。
十三ore

気持ち悪い顔ですね。
でも、とても言葉にできないものを、とてつもないお土産をもらったのだとおもいます。
もちろん、もっともっとお客さん呼びたい、と悔しい思いをいっぱいしましたけど、
映画とそれを取り囲む皆に毎日力をもらいました。

しかし、映画ってほんと、いいもんだ。
ありがとうしか言葉が浮かばないなんて一体どういうことだ。

絶対、また帰ってきます。
ありがとう。
また会う日まで。






し、しまった…





次回は、
群馬のシネマテークたかさきで公開です。
11/24(土)〜30(金)連日20:30から!
お楽しみにっ!

関西ラストスパート!

『くそガキの告白』
関西横断公開いよいよ19(金)までです。

今回は告知をまとめて。
関西後半戦の模様はまたこのブログにまとめて綴ります。

■大阪 第七藝術劇場
連日17:30〜
上映後、毎日監督舞台挨拶あり

京都みなみ会館
15日(月)19:05〜 ※上映後、監督舞台挨拶あり
16日(火)17:40〜
17日(水)18:45〜
18日(木)19:35〜 ※上映後、監督舞台挨拶あり
19日(金)18:45〜

神戸アートビレッジセンター
連日20:25〜 (16日火曜日はお休み)

★特別イベント
16日(火)&17日(水)
第七藝術劇場17:30〜の回上映後19:20頃からシアターセブン(七藝のビル5階)にて懇親会開催!
茶や酒を飲みながら、わたくし監督へなんでも質問できたりから映画裏話などが聞けたり。約1時間くらい。延長あるかも。
途中参加、途中退場自由です。費用はとくにかかりません。
その日映画を観た方も、前に大阪・京都・神戸で映画観た方も参加できます!
ふるってご参加ください。

★特別割り引き
受付で「好きだ!!!」と叫べば皆1000円!


★『くそガキの告白』を知ってもらいたあ〜い隊員募集!
15(月)〜19(金)まで正午〜17時に毎日梅田でチラシ配ります。
わたくしと一緒にチラシを配ってくれた人はくそガキ1000円でご鑑賞いただけます。
場所はその都度ツイッター(@taichil)で報告しますので宜しくです!

くそガキの試練〜関西横断前半戦と対馬上陸〜

祭りは終わった。
これが現実だ。


仙台初日舞台挨拶からそのまま家に帰らず、大阪での公開1週間前から大阪に入った。
そのままあっという間に大阪の第七藝術劇場で公開、京都みなみ会館の公開もはじまった。まもなく神戸アートビレッジセンターでも公開が始まる。
それだけ聞くと、祭りである。
でも、祭りではない。
明らかに今までとは、ちがう。


6/30からのテアトル新宿での公開時、初日と最終日は満員だったけど、とても広い劇場だったので毎日が満員なわけもなく、周囲は常々レイトでこれだけ入れば良い方だと言ってきたが満足は出来ず、でも劇場には毎日映画の現場で共に作品を作った仲間や宣伝のボランティアスタッフたちがいた。悩みも共有してくれた。1週目はほぼ毎日キャストと舞台挨拶をし、二週目はほぼ毎日ゲストを呼び、三週目はその余韻でゲストがいなくても平気だった。毎日劇場に行くことがほんとに楽しかった。なんてったってこれは劇場デビュー作、その初めての興行なのだ、祭り以外の何者でもなかった。

7/28からの名古屋シネマスコーレでの公開、最終日地元出身のヒロイン田代さやかさんの登壇もあり、やっと満席になった。宣伝期間もほとんどなく、思ったよりお客さんを呼べず歯がゆかったけどなんとか劇場のファンたちを中心にお客さんが来てくれ、上映が夕方からだったということもあり上映後劇場前の酒場でお客さんたちと毎日酒を飲んだりもして、初めての地方興行ということもあり新鮮であり、新宿→韓国のプチョン映画祭とノンストップで続いた興行だったので、その雰囲気も引きずって、やはり祭りだった。

9/22から仙台・桜井薬局セントラルホール。1ヶ月半ぶりの興行だったけど、仙台短篇映画祭直後の興行でもあり、その映画祭スタッフたちの尽力で初日はかなり盛況、日本酒をふるまったりもした。祭りだった。
初日以降、仙台の集客は正直苦戦したけど、そのとき既にもう自分は仙台にいなかった。
もちろん苦戦の現実も痛感したが、だからといって仙台には戻れずツイッターなどネットであれこれすること以外何もできない。体が仙台にない分、仙台は祭りだったイメージのままだった。


大阪に入り、チラシ配りなどの宣伝活動をしている間にあっと言う間に9月29日、大阪公開が始まった。
初日は予定にあった田代さやかさんに加え、急遽主演の今野浩喜さんも駆けつけてくれ、舞台挨拶もサイン会もかなり盛り上がった。集客もそれなりにあり、また祭りがはじまった!感があった。満員にならなかったことは不満だったし、悔しかったけど、今から考えればこの数字はかなりよかったのだ…。
翌日はこの映画の恩師でもある小林政広監督とトークイベント。台風通過直後の上映というのもありお客さんの数は多くはなかったけど、台風を言い訳にできたし、小林監督と話せる機会そのものがとても貴重で今後の映画人生の力になった。

もはや祭りではない、その実感は次の日からである。
10月1日。映画の日。皆が1000円で見れる日。
早く『くそガキの告白』が見たいという関西の方がいっぱい集まってくれることを願った。
しかし、思った以上に人が集まらない。
今までに感じたことのない危機感や焦り、どうにもならない思いで気持ちが沈んだ。

東京での公開の時からわかっていた。
『くそガキの告白』という映画を知ってる人は一部だ。
さらに今は映画館から人が遠ざかっている。
レイトショーには人が集まりづらい。
そんなことわかっていた。
その現実もいっぱい味わっていたつもりだった。
でも、本当の意味で味わっていなかった。
だから危機感も足りなかった。
現地にいって、おれのスタイルでいっぱいチラシまけばなんとかなるんじゃないかとも思い、関西の新聞社やメディアにもけっこうとりあげてもらったし、タイトルの雰囲気から関西では東京よりウケそうな映画だなんていうことも何度も言われていたのだし。
取材をセッティングしてくれたり、関西横断ロードショーを取り仕切ってくれた大阪の劇場スタッフに申し訳ないという思いだけにかられた。
自分が大阪に長く滞在したからといってそれほど集客に結びつくわけでもない、チラシをいくらもらってくれてもその人が皆劇場に来てくれるわけではないなんてことわかっていたけれど、知り合いが少ないと大阪は厳しいよ、とも言われていたのに…。
自分はきっとどこかで浮かれ、甘えていたんだ。


しかし、しかしだ。
もし、このような状況の中で、映画を観たお客さんからも特に何の反応もなく帰られていたら、
劇場スタッフから、「東京でヒットしたってきいたのにダマされた」「監督がいると気をつかうからできれば早く東京に帰ってほしい」という空気をだされたりしたら、
関西の人がチラシを誰も受け取ってくれず、チラシを受け取ってもすぐにゴミ箱に捨てられていたら、
「関西クソだぜ!もう二度と来ねえ!」と十三の風俗嬢に八つ当たりでもして東京にすぐに逃げてきていただろう。

でもね、でもね。
そんなことないのだ。
できる限り顔を出せるときは上映後に顔を出しているが、多くのお客さんが映画に刺激を受けている。その顔を見るとこちらもとても刺激を受ける。もちろん映画に不満をもって好きになれないというお客さんもいるけど、でも、そうやってお客さんの顔を直に見たり、話したりしていると、もっともっとこの映画を多くの人に観てもらいたいとおもう。
舞台挨拶では、「お客さん、力を貸してください。口コミで広めてほしいんです!」なんてお客さんだけを頼りにしたくなるほど熱いものを感じる。自分もそれではいけない。もっと何とかしないととおもう。
そして関西でいろんなところに出向くたびに物を忘れたり、方向音痴だったり、面倒くさがりだったり、いつもアタフタしてる自分をいつも側で支えてくれているのは劇場スタッフさんたちだ。
こんなおれが大阪に安く住めるようにアパートを用意してくれたのも、もっとチラシ配りを有効にしようと、iPadつるさげて予告流しましょうと提案してくれたり、台風でふっとばされた頭の看板を新調してくれたのも、かけうどんばかりの生活の自分に食を支援してくれ明日の活力を与えてくれるのも、すべてそうだ。
他の興行と同じ、かつての祭りを支えてくれた人たちと同じあったかさと熱を毎日もらっているのだ。

チラシ配りでもそう。チラシを見てこの映画の存在を初めて知ったお客さんが劇場に足を運んで喜んで劇場をあとにしている姿もみた。

初日に来てくれた今野さん、田代さん、小林プロデューサー、二週目にきてくれた北山ひろしさん、その他のスタッフやキャストも、そして自分の友人知人たちもツイッターやfacebook等でくそガキの関西上映を応援してくれている。

先日京都映画祭にチラシ配りに出向いたら、テアトル新宿での上映で大変お世話になった東京テアトルの沢村さんと久しぶりの再会をした。まだゆうばりで賞をとる前、見ず知らずの男の突然の営業にも関わらずテアトル新宿での上映を決めてくれた恩人だ。握手をして今後の奮闘を応援してくれ、すごく力をもらった。


そして、自分のまわりには、まだまだ負けてらんねえと思える奴らがいっぱいいる。

上映期間中、ゆうばり映画祭でくそガキを蹴散らしてグランプリを穫った『大阪外道』の石原貴洋監督がそのゆうばりグランプリで勝ち取った助成金で新作『大阪蛇道』を大阪で撮影している。
自分も先日現場に呼ばれ、女の足をなめまくる変態政治家役で出演させてもらった。
自分が勝手にライバルだ思っている監督の現場を生で体感出来たことはとても刺激になった。

また、大阪で濱本敏治監督に出会った。お互いの映画のチラシを片手に一緒に宣伝活動をさせてもらった。
人見知りの自分が初対面から自然と会話ができるくらい、話しやすさ感がハンパなく、映画も同時期に公開していることもあり、今は勝手に同志と考えている。
(第七芸術劇場の同じビル、シアターセブンで連日19:30より「Hamamoto Film Retrospective」開催中!10/10(水)上映後のトークショーにお邪魔します)

また昨日、東京に帰ってきて、田中佑和監督の新作長編の撮影におじゃま。これまた出演で。佑和監督はくそガキ東京上映にいっぱいお客さんを呼んでくれ、24時間チラシ配りマラソンという企画も佑和チームの皆がいなければできなかった、ものすごくお世話になった仲間だ。そんな仲間が今必死に映画を撮っている。さらに撮影はくそガキと同じく福田陽平カメラマン、照明も同じく上村奈帆ちゃん。みんなの仕事をしている姿を観ているだけでとても刺激になった。

その他にも映画学校の同期や同世代の映画監督が今も映画を撮影していたり、上映の宣伝活動をしていたり、脚本を書いていたり、奮闘している。

負けてらんねえ。


そして大阪での公開中、とんでもない上映会、祭りもあった。

10月3日に、対馬高校全校生徒550人を前にしての芸術鑑賞会。
正式な高校の行事として、くそガキの告白を上映してもらったのだ。
奇跡である。
真面目な文化映画には全く見えない、こんなタイトルの、こんなポスタービジュアルの映画、普通、高校で上映なんてしてもらえない。
8年ほど前に出会った知人の阪原さん(映画監督でもあり、「サリンとおはぎ」作者)と、その友人の対馬のシャーマン、高校の先生、この三人の奇跡のトライアングル、熱と遊び心と人間性の豊かさによって実現した。
本当にありがとうございました。
上映ではまさか、ファーストカットから爆笑が起こり、終始主役の今野さんの言動にザワザワザワザワ、そして最後は多くの女子から悲鳴があがるという、今までの上映ではなかった、若く熱く純な反応を味わい、感動した。
映画自体をうまくのめ込めなかった人も多かったみたいだが、それでもこの映画の上映イベント自体はとても楽しんでくれて、最後に壇上からそんな高校生達の顔を見ている時、すごく嬉しく泣きそうになった。
対馬の島には今はもう映画館はない。彼ら、彼女らのなかで、今回の映画体験が心のどこかで生き続けてくれたらなお嬉しい。

対馬高校の皆


映画のために護摩を焚いてくれている対馬のシャーマンに深く感謝。
シャーマンとくそガキ




こんなみんなに映画『くそガキの告白』は支えられている。

みんなに支えられてる映画、だからおれ、もっと頑張ります!
みたいなアピールは牧歌的だ。
現実はそんな精神論だけでは変えられない。

そんなこといってもこのブログにそのようなことを書いてるじゃないかと。
このブログはそんな牧歌的アピールに見れるかもしれない。

でも、
でも、
自慢くらいさせてくれ。

この映画は、
『くそガキの告白』は、おれだけの映画じゃないんだ。
おれの映画だけど、おれだけじゃなく、おれたちの映画なんだ。
撮影現場でも、宣伝現場でも、上映現場でもそうなんだ。
おれだけの映画だったら、簡単に作ろうとおもえばつくれるよ。
でもね、これは、おれたちの映画なんだ。
それだけが支えなんだ。
それくらい自慢させてくれ。


そして、地方の(関西の)ミニシアター興行は厳しいんだよ、お客さんは少なくても、一人一人の心にこの映画が深く残れば、それでいいじゃないかと、現状に半ば満足しているような態度でいるような感覚には到底なれない。
だから、なんとかしたい。
もがきは続く。
甘えずに。
なんとかしたい。

関西横断公開。神戸公開も近い。
10/19まで大阪も京都も神戸も公開は続く。

これから大阪に帰ります。
10/19まで大阪にいます。上映後できるかぎり顔出します。質問はなんでも受けますし酒だっておつきあいします。京都にも行ける日は舞台挨拶いきますし、神戸初日は舞台挨拶します。
チラシももっとまこう。
作戦ももっと練ろう。
おれの自慢のかたまり『くそガキの告白』を、もっともっとみんなに観て欲しい。

最後の自慢。
名古屋シネマスコーレでの上映のときにお世話になった"名古屋の母"から、大好物のしるこサンドがいっぱい送られてきました。
しるこ

東京じゃ今なかなか買えないんだ。
いいだろう!
すげえだろう!
どうだ、このやろう!



雨にも負けて
風にも負けて
全てはそこからじゃないか
そう言える者に
私は
なりたい
(太陽族『doromizu』より)








『くそガキの告白』関西横断公開中!
第七藝術劇場
10/12(金)までは、21:10〜
10/13(土)〜楽日19(金)までは、17:30〜

京都みなみ会館
10/9(火)19:10から
10(水)~12(金)16:50から
13(土)18:45から
14(日)17:40から
15(月)19:05から
16(火)17:40から
17(水)18:45から
18(木)19:35から
19(金)・楽日18:45から

神戸アートビレッジセンター
10/13(土)〜19(金)1週間限定公開
連日20:25〜(火曜定休)



おれと仙台とあなたとあいつ

仙台に行ってきた。

桜井薬局セントラルホールという老舗の映画館で『くそガキの告白』を1週間上映されるため、その事前宣伝と初日舞台挨拶のためにだ。
今回の仙台公開は、仙台短篇映画祭との連動企画という形で実現した。

仙台短篇映画祭との関わりは、『信二』という自主制作の短篇が2008年の「新しい才能に出会う」部門に選出されたことからはじまった。
それまで何本か自主制作映画を作り様々な映画祭に応募してきたが、作品選考に通って映画祭に参加することがはじめてだった。
今みると、『くそガキの告白』に通じるところがいろいろある。


『信二』がきっかけで41人の監督によるオムニバス映画『311明日』に「ベージュ」という作品で参加した。
震災後の世界を映画でどう描こうか悩んだりもしたけど、映画祭をここで終らせてなるものかという映画祭スタッフの実直な気持ちに強く心を動かされ、自分なりにばかばかしくも情熱的に311後的な世界を描いてみた。





それにしても、
それにしてもだ、
仙台では仙台短篇映画祭スタッフの方々にお世話になりっぱなしだった。

飯や酒おごっていただいたり、車を出してもらったり、ホテルを用意していただいたり、連休中ホテルがとれないときは、映画祭スタッフの方の実家に泊めていただいたり。
なんでおれなんかのためにここまでしてくれるんだと恐縮したが、これが映画の力なのだなあとおもった。
映画祭スタッフのみんなは、短篇映画祭でフィーチャーした監督が長編をひっさげて仙台に帰ってきたことを、本当に心底喜んでくれた。
ああ、ほんとに『くそガキの告白』をつくってよかったなあと心底おもった。
これまで何度も折に触れてそうおもってきたけど、東京から遠く離れて、色々なバタバタやプレッシャーが一段落した今、妙に心にしみた。

今年の仙台短篇映画祭では去年に引き続き『311明日』上映。
その舞台挨拶。
いつものスタイルで。
仙台311明日
観客の皆さんが失笑してくれてほっとした。

去年映画祭で出会った監督と再会し一年ぶりに酒が飲めたり、新たな出会いもあって楽しかった。
そして今回映画祭自体に自然体(過去はいつもフワフワしていた)で参加してみて、映画祭そのものの、なんというか、温かい力みたいなものを感じた。じっくりそう感じれたのは、今回はじめてかもしれない。

映画祭が終わったあとにチラシ配り本格化。
いつものスタイルで。
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仙台の人はシャイだからなかなか受け取ってくれないと言われたけど、東京名古屋と同じようなかんじだった。
チラシ配り中、本物のサンドウィッチマン(M1チャンプ)にあって嬉しかった。

途中チラシがほぼなくなったので、白黒コピー。それだけではあれなのでうらにメッセージとサインを。
仙台チラシ
裏にメッセージがあると知らずに手にとった人がメッセージに気づき、それを読んでる姿を見てとても緊張した。


J:COM仙台キャベツ「カラフルJタウン」におじゃま。
桜井薬局遠藤支配人のコーナーでたっぷり映画を紹介させていただく。
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生放送はもちろん苦手。リハーサルがあって助かった。


ラジオ3 マイタウンレディオ
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パーソナリティーの世之介さんとジャカルタ行きが決まったはるごんの話題で盛り上がる。


そして東北随一の地方紙、河北新報へ!
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家に泊めてくれた映画祭スタッフが河北新報に付き添いで来てくれた。
1歳のこどもと一緒に。
仙台かほく取材

記事は公開前日の9月21日の夕刊にバッチリ掲載。
仙台新聞

付き添ってくれたこどもも喜んでくれたみたいだ。
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おろシネマ「ニューシネマパラダイス」35ミリフィルム上映前に恐縮にも壇上で宣伝させていただき緊張。
フィルムの力、映画の力を再確認。
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そのほかにも東京の配給会社の方にアドバイスをもらいFMいずみの生放送にも出してもらったり、
深夜に飲みながら地元の老舗銭湯の方に震災当時の貴重なお話を聞いたり(銭湯いけなくてごめんなさい!)、
などなどあって、

ついに『くそガキの告白』仙台上映初日!
仙台桜井前
ほんとにあっという間だった。
でも仙台に来たのが遠い昔のようにも思え、不思議な1週間だった。


映画祭スタッフの方に日本酒(一ノ蔵)を用意していただき、お客さんたちにふるまって、
仙台さけつぎ

皆で乾杯!
仙台乾杯!2

飲みながらトーク&質疑応答も盛り上がった。
仙台初日とーーく

前日楽天クリネックス球場に思いつき(いつもそう!)でチラシ配りにいったのだが、
仙台球場

そのときに出会った少年たちも来てくれて、すげえうれしかった!
仙台初日1










こんな不意の出会いがあるからチラシ配りがやめられない。


帰り際、劇場の壁にサイン。
仙台サイン
今までで一番書き心地のいいサインだった。

劇場支配人の遠藤さんと。
仙台遠藤
上映だけでなく、取材のブッキングなどでもすごく力をかしていただいた。
老舗の劇場の支配人だから固い人かと思ったが柔らかすぎる方で笑顔がとってもチャーミング。
桜井薬局セントラルホールという劇場も本当に立派な素敵な映画館だった。
またここで絶対自作の上映やるんだと誓う。


最高の夜だった。


ところで。
その数日前、映画祭スタッフたちとの酒盛りを終えた深夜。
宿泊場所で映画祭スタッフの青年Aと二人相部屋で泊まることになった。

青年Aはカップラーメンを買ってきて食べようとしている。
お湯がない、お湯がないと少し困っていた。
こいつ、まだこれからラーメン食べる気か。
正直早く寝たいと思ったし、狭い場所だったのでラーメンの匂いが部屋に充満したらイヤだなとおもったので、こいつラーメンなんて食べられなきゃいいのにと思って無視していた。
結局お湯は沸かせず青年Aはラーメンを諦めた。
でも何かおれと話がしたいようだ。
話を聞く。

青年Aは自主的にドキュメンタリー映画をつくっていて、その編集を一向に終えることができずに悩んでいた。
これからの自分に悩んでいた。
自分の証を残したいと思い映画をつくっているが、何かうまくいっていないことを自分でもわかっている。
その目には、いまここを突破したいんだけど突破できない、その苛立ちというかプチ狂気のようなものが宿っていた。

おれも、こんな目をしていたのだ、きっと。
長編映画を作りたい、脚本も書いているが映画を作れない、周りの同期や年下のヤツラはどんどん映画を作っている。焦り、迷い、いまここを突破できない自分に苛立っていた。

「太一監督は、昔と比べて今、変われましたか?」
青年Aはふと、そんなようなことをおれに聞いてきた。
少しは変われたとおもうけど、自分は人生の成功者ではないし、そんな顔したくなかったから、まだまだこれからだと答えた。
そんなことなどをいろいろ話して、眠った。

朝起きたら青年Aはもういなかった。
数日後。青年Aがおれにラーメンをおごりたいというので青年Aのお気に入りの店に行ったが、混んでいて時間がなかったのでラーメンを食べられなかった。



そんな仙台。

いつかまた、仙台に絶対に帰ってきたい。
近いうちに。
また新しい映画を作って。
今回お世話になった、映画祭スタッフとその関係者と劇場スタッフのみんなと再会したい。
そのことが今からすごく楽しみだ。
映画をいろいろな地方に届け、また帰ってきたい場所が一つ一つ増えている。
そのことがたまらなく嬉しい。
いまはみんなとの別れが本気で寂しい。
映画祭終わり
仙台初日集合写真


いつか青年Aと再会したとき彼はどんな目をしているだろうか。
彼には変わってほしいけど、変わってほしくない気もする。
おれも、もっと変わりたいけど、あんまり変わりたくないんだ。
彼が澄んだ目で「しゃぶしゃぶ食べに行きましょう」なんていったら思いっきり頭叩いてやる。


最後に。
今年の仙台短篇映画祭の実行委員長に自ら立候補し、その業務だけでも本当に大変だったはずなのに、そんなこと微塵も感じさせずにくそガキの仙台上映のため劇場に話をしてくれ、マスコミの取材まで組んでくれ、仙台でたっぷりお世話になった恩人とツーショット。
仙台しょうじさん

ほんとうに、ありがとう、ねえさん。
またね。





仙台・桜井薬局セントラルホールでは9月28日(金)まで連日20時から絶賛上映中!

9月29日(土)から大阪・第七藝術劇場で公開スタート!
29日(土)21:10の回上映終了後、田代さやか&鈴木太一の初日舞台挨拶あり!
(11:50の回は鈴木太一のみ舞台挨拶)
30日(日)21:10の回上映終了後、小林政広監督(「春との旅」「ギリギリの女たち」)vs鈴木太一のトークショーあり!

関西横断
10月6日~京都みなみ会館、10月13日~神戸アートビレッジセンターで公開



名古屋の母

韓国で母親とはじめてメールをした。
おれは母親と実家で二人暮らし。
当初韓国から一回東京の家に帰り、それから名古屋に行くつもりだった。
それが韓国滞在が長引き、直接名古屋に行くことになった。
電話すると国際電話が高そうなのでメールでそのことを伝えた。
返ってきた母親のメールにはどうでもいい近況が書いてあり、変な顔文字みたいなものもあって、くすぐったくて虫酸が走った。



7月28日の夕方、名古屋に到着した。
この日から1週間名古屋シネマスコーレで『くそガキの告白』が上映されるからだ。
初の(1週間以上の)地方興行。
でもおれは、とても憂鬱だった。
というのも、前回のブログにも書いたように、いつもの宣伝道具であるサンドイッチ看板を韓国に忘れてしまったからだ。

しかし、そんな憂鬱を名古屋はすぐに吹き飛ばしてくれた。
劇場のボランティアスタッフの方がすぐに看板をつくってくれた。
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劇場の女の子が頭の看板までつくってくれて、フル装備完成。
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こんなものや、
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こんなものまで、
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みんなが歓迎してくれた。
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まだ上映始まってもいないのに。
とっても恵まれていた。
また翌日は看板をつくってくれたスタッフの方々に名古屋のチラシ配りの名所を紹介してもらう。
ほんとうに恵まれていた。

上映は18時35分から。務め人には厳しい、ちょっと早めの時間だが、20時10分に上映が終わり、終わってから一杯飲むには逆にちょうどよい時間だった。
劇場の目の前にとても良い飲み屋さんがあり、いつも舞台挨拶&ティーチイン後、数人のお客さんと酒を飲んだ。
自分の映画が毎日上映され、そのあと毎日のようにお客さんと酒が飲める。
なんてことだ。
しかも八割型お客さんにおごってもらった。
おごりはさておき、こんなに楽しいことはない。
昼のチラシ配りは炎天下のなかだったが、そんなことあまり苦ではなかった。
夜には最高の宴が待っているんだ。
日を追うごとに自分のサイクルができてくる。
上映前、劇場近くでお客を呼び込んで、上映中は名古屋めし、そのあと舞台挨拶→ティーチイン、酒。
略して、名古屋めし→酒。

名古屋めし。
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酒。
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名古屋めし。
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酒。
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名古屋めし。
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酒。
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名古屋めし。
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酒。
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楽しいことばかりではない。
悩みはあった。
新宿のときと同じ。
なかなか思うようにお客さんが集まらない。
もっともっとお客さんを呼びたい。
特に名古屋は事前の宣伝ができず、名古屋に来たときから既に上映は始まっていた。
もっともっとお客さんに来て欲しい、映画のことを知って欲しいと毎日チラシをまいた。

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演説

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休

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その効果も少しあって、そして何より、ヒロインの田代さやかさんの地元凱旋舞台挨拶もあり、最終日見事満員御礼!
劇場の雰囲気もすごぶる良く、名古屋は東京よりも大人しい印象があったが最後に最高潮を迎えとても嬉しかった。
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上映後行われた田代さんのサイン会(おれも便乗)も大盛況だった。
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宣伝の反省点はあるけど、でも、最終日、盛り上がって本当に良かった。
上映してくれたシネマスコーレの方々、看板つくってくれたり名古屋を案内してくれたボランティアスタッフの方々、そしてお客さん、みんなありがとう。
改めて映画を劇場で上映する喜び、お客さんと目が合い、笑い合い、握手し、時には酒を飲む喜びを満喫しまくった。ほんとうにありがとうございました。

というわけで、くそガキ初の地方巡業はとっても恵まれてました。

が、じつは、恵まれていたのはこれだけじゃないんだ。
知人の遠山さんの実家に名古屋上映中1週間無料で居候させてもらい、とてもお世話になりっぱなしで、とても居心地がよかったのだ。

遠山さんとはちょっとした飲み会で三回くらい顔を合わせた程度の知り合いだったがフェイスブックでおれのチラシ配りの活動などを見て新宿で一緒にチラシを配ってくれたり、新宿の劇場にたくさん友人知人を呼んでくれたりした。
そんな遠山さんから実家が名古屋にあるから名古屋で1週間上映があるならうちに泊まればいいんじゃないかという提案を受けた。自分が実家に帰ったときに使う離れがあるからそこを使ってください、と言われた。
おれは喜んでその提案を受けた。離れなら気を使う必要もあまりなさそうだ。これで1週間名古屋の上映に立ち会えることができるのでうれしかった。

実際に遠山さんの実家に行ってみると、改築したての家で、離れといっても、中ではきちんとつながっていた。
あたりまえだが、ここは実家。遠山さんのお姉さん、お母さん、お父さん、おばあちゃん、みんなと一緒に暮らす。
1週間も。
やばい。
おれ、人見知りだし、こういうの一番ダメな人なのだ。
ヒゲはボーボー伸び、変な映画のポスターをもってる、変なおっさん。かろうじて韓国で買って来た韓国海苔をおみやげのようにプレゼント。こういうことがほんと苦手で自然に韓国海苔を差し出せたかどうかも自信がない。
そして、当の知人の遠山さんはいない。
みんなはじめましての人ばかり。
こんなんで1週間もつのか、胃がキリキリ鳴り出した。

でもそんな心配もわりとすぐに吹き飛んだ。
まずお姉さんが優しかった。
最初の待ち合わせ、駅からいつもの宣伝スタイルで現れたおれを笑って歓迎してくれた。
駅から家まで少々遠かったが、彼女と歩けば苦にならなかった。
映画にも友人たちと、お母さんと2回も見に来てくれた。
結末に納得していなかったようだが、そんなことを素直に話してくれてうれしかった。
お父さんも優しかった。
お父さんはお父さんなりに不器用に優しい言葉をかけてくれ、たまに駅まで車でおくってくれた。
おばあちゃんも優しくおれを見つめてくれた。

そしてなんてったって、お母さんだ。
朝起きたらいつも朝ご飯ができているし、洗濯もしてもらった。
それが嫌みでない自然な優しさだったからおれはお母さんの息子になったみたいに甘えてしまった。

ある夜。
いつものように遠山家に帰った。
ドアを静かに開け、ただいま帰りました、と小さな声でいった。
お帰りなさい。
奥から自然にお母さんとお姉さんの声がした。
はっ!
となった。
きゅん、とした。
これが家族か!とおもった。
おれはそのままシャワーをあびた。
ちょっとしあわせだった。

ある夜。
お母さんと少し話をした。
お母さんは東京で不安定な仕事(映像やデザイン、アーティストプロデュース)をしている息子(遠山さん)のことを心配していた。普段どんなもの食べてるのかしら、将来どうなるのかしら、と。
おれは息子のフォローをした。大丈夫ですよと、でももっと家に帰ってきてほしいですよね、とかいった。
30すぎてやっと映画撮ったけど、まだまだ不安定でずっと実家にいるおれが言えたことではなかった。
遠山さんのお母さんと話しているはずが不思議と自分の母親と話している気分になった。

名古屋最終日近く。息子の遠山さんが帰ってきた。
遠山さんがヒロインの田代さやかさんと撮った写真を母親に見せて、ほら、田代さん、かわいいでしょ、と自慢していた。
お母さんもとても柔らかい表情で息子の喜びを受け止めていた。

そういえば、上映最終日には地元の田代さんの親も来ていた。
おれの入場パフォーマンスで被ったマスクを投げたらちょうど田代さんのお母さんがキャッチした。
すごい偶然だ。
そして、映画に関するお客さんからの質疑応答のコーナーで、田代さんのお母さんが皆の前で田代さんに、「こんどはいつ(名古屋に)帰ってくるの?」と聞いていた。
映画館はこの日一番の笑いに包まれた。


そんなこんなであっという間に名古屋の1週間がすぎた。
韓国でも名古屋でも、次回作次回作次回作次回作とみんなに言われる。
また新しい映画をもって絶対帰ってきたい。


8月3日。おれと遠山さんは遠山家をあとにした。
遠山家のみなさん、本当にありがとうございました。
最後に家の前で皆で写真を撮ったけど、ここにのせるのはやめよう。
お母さんはとても照れ屋だからこんなところに写真をのせられたらきっと困ってしまう。
自分だけの宝物にします。

そして帰り際、遠山さんはお母さんに、体に気をつけて、と声をかけた。
とても自然に。
そんな言葉、おれは母親に言ったことがない。
何十回も何百回も母親に言われたことはあるのに、おれは母親にその言葉を言ったことがないのだ。

その帰り道。
なんとなく母親のメールを読み返した。
虫酸は走らなかった。


そしておれは、大阪、京都に向かった。
大阪で9月末からお世話になる第七藝術劇場さんと軽く打ち合わせし、
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この映画の恩師小林政広監督のご好意で、シネリーブル梅田で上映中の『ギリギリの女たち』の舞台挨拶にお邪魔し、
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そのまま京都みなみ会館でオールナイトイベントで『くそガキの告白』関西プレミア上映に立ち会いトークショーもした。
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そのあと大阪、京都を少々観光した。

天下一品、総本店。★★★
総本店

二条駅前店。★★★★
二条駅前店

難波ウインズ前店。★★★★★
灘波ウインズ前店



そしておれは、ほぼ20日ぶりに家に帰った。

家の前ではいつもように母親が植木に水をあげていた。

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プロフィール

鈴木太一(すずきたいち)
1976年6月16日生まれ。
東京都江戸川区出身。
映画「くそガキの告白」監督脚本。

鈴木太一のTwitter
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