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自己紹介

こんにちわ、こんばんわ。

わたくし、鈴木太一と申します。
軽く自己紹介します。

私は学生の頃は特に映画青年であったわけでもなく、高校生の頃はプロレスばっかり観てました。友達も女も仕事もいらない、プロレスだけがあればよいと思ってました。人生をナメてました。

二浪して大学に入り気づいたら就職活動の時期。プロレス記者の道も考えましたが、なんとなく俺は社会を変えるのだ、プロレス記者じゃ社会を変えられないとか格好つけてテレビ製作会社を何社か受けました。が、落ちまくり、やっと合格したとおもったら、その会社内でかかってるクラシックみたいな音楽を聴いて気持ち悪くなり、何か不吉なものを感じ退社しました。社会をナメてました。

それから、ENBUゼミナールという1年制の映画学校に入りました。2002年、25歳でした。
映画館で偶然学校案内のチラシを見つけ、「君も劇場デビューしよう!」みたいなキャッチコピーにおどらされて、いっちょ俺も劇場デビューするぞ、映画撮るぞ、映画で世界変えるぞと意気込みました。
篠原哲雄(『月とキャベツ』『小川の辺』)という日本映画界のド真ん中で活躍する監督の指導を受けられることも心躍りました。篠原哲雄監督の人間力は想像以上のもので、授業は毎回毎回とても有意義でした。監督志望と俳優志望が一緒の40人ほどのクラスもとても居心地がよく、今までの学校生活でこれほど楽しかった1年はなかったとおもいます。
最後には卒業制作の監督に選ばれ、国会議事堂の前で若者が手榴弾を投げる『犯行声明申し上げます』なるテロリスティックな映画を撮り、卒業制作としてテアトル新宿で数日間公開され、ここから映画祭で賞を穫りまくって次は商業映画をドバーン!と撮るのだと、もうすでに映画監督になった気でいました。
しかし、賞なんて一個もとれませんでした。映画をナメてました。

それから師匠篠原哲雄監督の助監督募集がありましたが、落ち、後輩達の卒業制作を手伝ったり、小さな映画の助監督の仕事を少ししました。
助監督をやればやるほど自分がただ声がでかいだけで使い物にならないことが露呈され、どんどん年だけ重ねていきました。
ある日、自分は助監督からはのしあがれない、脚本を書こう、すげえ脚本を書けばいいんだ!とひらめきました。長編の脚本を書いて賞をとって監督になろうとおもいましたが相変わらず賞にはひっかかりませんでした。
とある知人に脚本を見せたところ、ENBUのころのほうが脚本面白かったよね、最近のキミ、なんかオーラがないよねと言われました。意味がわかりませんでした。

数年後、そんな自分に商業作品を作る機会がまわってきました。「怪奇!アンビリーバブル」というホラービデオシリーズです。何回か撮りましたが怖いホラービデオが撮れずいつもプロデューサーに怒られてました。そのプロデューサーはどんどん大きな映画をつくりはじめ、ホラービデオへの関心が低まり、編集室でよく居眠りをするくらい作品を軽く考えはじめたので、その隙をついて勝手に笑えるホラービデオをつくりました。自分自身が全面に出た、自分を主役にしたホラービデオを作りました。リリースもされました。「怪奇!アンビリーバブル 闇の都市伝説」という作品です。案の定それからその会社から声がかかることはありません。

そんななかでも、やまなし映画祭の皆様と一緒に『信二』という短編映画を撮り、それが縁で仙台短篇映画祭に呼んでもらえたり、東京ネットムービーフェスティバルでは田中麗奈さんに「田中麗奈賞」という賞をいただき、これからも映画を続けていいんだよと背中を押され、とても力をもらいました。よしやるぞ!とまた長編映画の脚本を書きました。賞は無理だ、直接会社に売り込んで資金調達のための営業を始めました。相手にされませんでした。俺の脚本は悪くない。不景気とかリーマンショックのせいにしました。
しかし、たまに撮った短編映画がちょっとした賞を1回か2回とったような奴は、この業界腐るほどおり、ぴあフィルムフェスティバルなどの賞を何度もとってる人達だってなかなか商業映画を撮らせてもらえない、しかもみんな自主映画でこれが俺にしか撮れない映画だとバンバン気持ちをぶつけるように、とにかく撮っている。自分は怖くないホラービデオと短編映画をちょろっと撮っただけ。実績もない、(当時の)脚本は悪くはないが特別凄いものではない。ただでさえ映画業界はどんどん景気が悪くなり、小さな会社が次々潰れていく時代、こんな奴にお金を出してくれる人なんているわけありませんでした。
気がつけば長く付き合っていた映画学校同期の恋人にも別れを告げられ、その彼女も新しい男と付き合いすぐに子供もできました。結婚式に呼ばれましたがどんな顔をしてよいかわからないのでとりあえず欠席しました。
二人暮らしの母親は年々シワと口数が増え、テレビで雇用不安のニュースがながれるたびに、三十過ぎていつまでも映画に夢見ている私を睨みつけてきます。


さてさて、軽く自己紹介のつもりが長くなってしまいました。
このような状況から私、鈴木太一がどのような経緯で、初長編作『くそガキの告白』を撮るに至ったのか、また次回書こうとおもいます。



↓ ENBUゼミナール卒業制作作品『犯行声明申し上げます』クランクアップ後の記念写真(2003年1月)

犯行声明集合写真


↓ 幻の珍作『怪奇!アンビリーバブル 闇の都市伝説』

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↓ 短編映画『信二』
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プロフィール

鈴木太一(すずきたいち)
1976年6月16日生まれ。
東京都江戸川区出身。
映画「くそガキの告白」監督脚本。

鈴木太一のTwitter
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